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2010年4月 3日 (土)

母の一周忌

昨年亡くなった母の一周忌のため富山へ向かう。うす曇のため立山連峰をくっきり見ることはできなかった。桜の花の見ごろまでも1週間早い。

高速道路が土日1000円というのは嬉しい。しかし現実は1000円ではない。関越道練馬インターから入ると富山まで1850円になる。練馬から新座?あたりまでが首都高なのだろうか・・・わずかの距離が850円。残りの400KM近くが1000円となる計算。ちょっと納得がいかない感じだが急ぐときは仕方がない。

4時20分出発。一周忌の法事は10時半からの予定。関越道を一気に走り抜ける。途中朝日を右手に見ながら。越後川口、名立谷浜で小休憩を取りながら9時半富山インターを降りる。約5時間で到着。

お供えのお菓子とおけそくを中尾清月堂で受け取り、注文しておいたお花も受け取る。浄土真宗の長源寺にて法要。1時間のお経と法話の間雨と雷と強風が。その後お墓参りへ向かう時はお天気に。1時間後お墓参りが終わるり車に乗り込むと同時にまた雨、みぞれ、雷が・・・。全天候型の一日でした。

故人を弔うということ、供養するということはどのようなことなのでしょう。供養にはふた通りあるそうです。ひとつは法供養という「心の供養」です。この法供養は宗派によって違いますが、阿弥陀様がご本尊様となる浄土宗では、阿弥陀様のお名前を呼ぶ「南無阿弥陀仏」を唱えるというのが最高の法供養の仕方になります。この法供養には経文を開いてお経をあげたりすることや法を聞くということ、説教を聞くというのも法供養に含まれます。

そしてもうひとつの供養の仕方が事供養です。これは形のある供養のことで、お花やお供え物を供えたり故人が好きだったものをあげたりするのもすべてこの事供養にあたります。この法供養事供養のことを併せて略した言い方がいわゆる法事というものです。

では、法事(法要)とはどのような供養のことなのでしょうか。法事(法要)というのはその文字にある通り、心の供養が要、心の供養が中心ですよという意味。まごころを込めた心の供養が中心にならなければ、法要としての本来の意味は達せられませんよということです。故人を弔う法要に際して、このような基本的な意味を改めて知る機会となりました。

そして何より大切なことは、故人を偲びながらこれからの自分自身の生き方を考える良い機会ともなりました。

子供たちと一緒に法要を執り行っていくということは、このような心の儀式を次世代へ継承していくことになるのでしょうね。

家族それぞれの予定があるため、その日のうちに東京へ戻る。お疲れ様。

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