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2011年3月22日 (火)

地震保険の支払総額は1兆円規模

・・・地震保険の支払総額は1兆円規模 阪神大震災超え最大に・・・

 東日本大震災の被害に対する地震保険の保険金の支払総額は1兆円規模に達する見通し。阪神大震災の約783億円を大幅に上回る過去最大の支払額になるのは確実。ただ支払保険金の一部は政府が引き受けるため、日本損害保険協会は「支払いが滞ることはない」と説明しています。

 民間のシンクタンクなどが22日までに試算した支払保険金総額は、ゴールドマン・サックス証券が最大8610億円、米リスク評価会社「EQECAT」は6500億~1兆2千億円となりました。

 支払総額が最大となるのは、支払件数の大幅増加が予想されるため。

1995年の阪神大震災時は約6万5千件だったが、全国平均で当時、約7%だった地震保険加入率は2009年度末で23%に上昇。被害が大きく過去に宮城県沖地震などの被害を受けていて意識の高かった宮城県では32・5%の加入となっており、全体の件数は数十万件になるとみられています。

また、1996年に建物の加入額が上限1千万円から5千万円に引き上げられており、1件当たりの支払額も増える見通しです。

地震保険は政府と損保会社が共同で運営。1150億円までは損保会社が支払い、それ以上は政府と損保会社が50%ずつを負担する仕組み。

2009年度末時点で政府と損保会社が支払いのために積み立てた準備金は約2兆3千億円あり、支払総額がそれを上回らない限りは、新たな財源の拠出は必要ないとみられている。

2011年3月16日 (水)

未曾有の地震被害・・・

未曾有の地震と津波の災害。情報が伝わってくるにしたがって余りにも無残な地震情報に、映像に・・・映し出される被災者の方の悲しみに涙して、行方不明だった家族との再会の喜びに涙する。

救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきてくれた。
アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、
ロシアは天然ガスの供給を提示した。
先ごろの地震で窮状を抱えているニュージーランドからも支援が来た。

ドイツからはレスキュー隊員と救助犬、フランスからもレスキュー隊と医療チームを世界の各国から多くの救援が来ている。

津波により町のほとんどが流されてしまった、倒壊した家屋の下敷きになったたくさんの人たち・・・いまだ行方不明の方々

泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった・・・
行方不明の母を父を夫を子どもを呼び、泣き叫ぶそれぞれの姿がテレビに映る。
家族のために生きようとしたと語る父や母の姿もテレビにあった。

ライフラインが断たれてしまっている中、私たちができることを考えていきましょう。

このたびの大規模地震により被害を受けられました皆さまに、心からお見舞申し上げます。そして一日も早く復旧・復興されますよう、お祈り申し上げます。

2011年3月14日 (月)

宮城からのメール2

やっと連絡が取れるようになりました。なんとか無事です。自宅は無事ですが、足の踏み場はなく、初めて帰ったときは玄関から入れませんでした。

テレビ、家具類は部屋の方々に飛んでいます。片付けはまだできていません。

ライフラインはまだ復旧してません。ガソリン、灯油は買えません。 たまに買える場所があっても何時間も並んで1000円分で、多くは緊急車両のみです。

食料品なども何時間も並んで一人5点まで・・・みたいな感じです。

ケガなどはしていません。

宮城で医療の仕事をしているので病院につききっりです。病院は患者さんでごった返しています。医療品が底をつきはじめています。

妻子はまだ東京で無事です。

よかった・・・津波の被害が大きかった名取市に年末に引っ越されて、奥さんと お子さんも春になったら呼び寄せて一緒に住むというようなことをお聞きしていたので無事を知らせるメールをいただき胸をなぜ下ろしています。

2011年3月13日 (日)

被災された宮城からのメール

このたびの大規模地震により被害を受けられました皆さまに、心からお見舞申し上げます。一日も早く復旧・復興されますよう、お祈り申し上げます。

3人のクライアントの皆さんと連絡が取れない・・・状態が続いていましたが、ようやくメールが届きました。

想像もつかないくらいの大変な様子がメールから感じられます。

「通信規制があっり返信遅くなりました。」「もう・・・死ぬのでは?」と思うほどの揺れでした。ただスポーツジムにいたので1人ではなかったのが幸いでした。

家の中はメチャクチャで家具も電化製品も壊れ足の踏み場もありません。今も余震が続く中、全てのライフラインが止まり情報も入らず寒さと飢えに戦いながらの避難生活をしています。

信号も止まり真っ暗なスーパーやコンビにに食料を求める人たち、携帯が繋がりにくかったり充電切れのため僅かな公衆電話ボックスを求めて並ぶ人たち。

未だに現実とは思えないまるで映画を見ているようです。

とにかく夫婦で怪我もなく無事にいます。ご安心ください。                                            

2011年3月11日 (金)

物凄い揺れの地震でした・・・

物凄い揺れでしたね。怖い!!と感じました。

地震の時は、事務所の近くのファミリーレストランで打ち合わせ中でした。今度ライフソリューションを手伝ってくださる女性と一緒に遅いランチをとっていました。

グラグラッ・・・またすぐにおさまるかしら。。。と思っていたら長い揺れがガタガタ続きました。身の危険を感じ外の駐車場へ。

駐車していたプリウスが宙を浮いているかのように「ガタガタ」と飛び跳ねてるかのよう!

2人で手を握って「怖い!怖い!」の連発。

広告塔のポールもグ~ラグ~ラ。倒れてくるかも・・・という恐怖。泣き出す高校生。

事務所のパソコンなどが気になりすぐに戻ってみると、お花が入った花瓶が床の上に落ちてお花が散らばり水浸し・・・

机の上の書類が床に散乱。事務所は4階ですがそれほど目立った倒壊もなくホットしましたが、愛犬が気になり自宅へ。さすが肝が据わっているようでケロッとした様子。壁掛けの時計が床に落ちていたくらいですみました。

東京でこれだけの揺れがあったということは、宮城や東北ではどんなにひどい地震だったのかと・・・仙台や宮城に引っ越されたクライアント3名の安否が気になります。とにかくお見舞いと安否伺いのメールを出してみる。

返信はどこからもない。。。

交通網がストップ。家族も帰って来れない。帰宅難民といわれていた状態に。意を決して娘を調布に迎えにいくことに。5時50分に事務所を出て環八から甲州街道に入ったとたんに渋滞がさらにひどくなる。

通常の3倍くらいの時間をかけ往復。甲州街道沿いの歩道は、大勢の人たちが歩いて帰宅。来週結婚式を予定しているという同僚を一緒に乗せ裏道を通って環八に戻ると上り斜線はスイスイ。下り斜線は大渋滞。

新青梅街道も帰宅の歩行者の方たちが一生懸命に歩いて帰宅。

お友達のご子息は、大船から横浜まで6時間かけて夜中に帰宅とか。銀座から歩いて帰宅とか。代々木でで電車がストップしたので新宿まで線路を歩き都庁の避難所に身を寄せていて夜中に小田急線が動き始めたのでやっと帰宅できたとか。

皆さん大変な体験をされたようです。

2011年3月 1日 (火)

新しいライフソリューションを・・・

温かくなったり、ぐ~んと冷えたりの毎日ですが、陽射しは春をしっかりと感じられますね。でも東京は今日は寒空です。

「英国王のスピーチ」がアカデミー賞の4冠受賞しましたね。日曜日に鑑賞しましたが、確かに良かったですよ。

ライフソリューションを新しくすることを構築中です。

「ライフプランニング相談」「保険相談」に加えて将来の自分年金つくりに、また長期の投資を考えて「資産運用」もできるようになります。

私自身もとっても「新しいLife Solution」を作り上げるのが楽しみです。

最近多いご相談は、「住宅を買いたいけれど今の収入で買っていいのかどうか?というご相談が相次いでいますね。

もちろんご家族の「ライフプラン」からキャッシュフロー表をつくり、ご一緒に考えていくわけですが。

そして新しく何人かのFPの先生が、Life Solutionに参加されることも決まってきました。

ご相談者の皆様に希望を持っていただけるように頑張っていきたいと思っています。

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